神戸芝居カーニバル実行委員会の立ち上げは1992年である。ひとり芝居・ひとり芸を中心に据えた市民プロデュースで、最初の3年は「ひとり芝居の芝居展」と名付けて、
5月の連休に公演を集中させたり、5月〜6月の2か月間で開催したりしていた。4年目からは、年4〜6公演、多い年は10公演を取り組んできたので、19年目の今年の9月の
公演を終えた段階で120公演を超えた。
そんな中で、新作、初演を手がけることができたことは幸運であった。最初は、吉行和子さんのひとり芝居「MITSUKO—ミツコ 世紀末の伯爵夫人」(作・演出:大間知靖子)で、吉行さんが
1993年から数度の海外公演をふくめて13年間演じ続けた代表作になった。
二つ目は、河東けいさんの一人芝居「母」(原作:三浦綾子 脚本・演出:ふじたあさや)である。「母」は小林多喜二の母の視点から多喜二を映し出す優れた芝居である。
招かれて中国(上海、北京)や韓国(春川)でも公演した。
新作・初演ではないが、神戸芝居カーニバルと特別に深い関係にあった芸人は故マルセ太郎さんである。知り合って10年毎年何らかのかたちで兵庫、神戸で演じていただいた。
東西の優れた映画約20本をまるごと語り、演じる「スクリーンのない映画館」、自身が書き下ろす「立体講談」。マルセさんは2001年1月22日に亡くなられたが、その前年には神戸アートビレッジセンターで、4月から7月までの毎月2演目、計8演目を、「マルセ太郎大全集」として演じていただいた。マルセさんにはそのほかにも無理難題を持ち込んで結果すべてやっていただいた。たとえば、彼の映画
批評に貫かれている、本物を観る視点を縦横に語ってもらいたいと「シネマパラダイス—韓国篇」「シネマパラダイス—台湾篇」をやっていただいたが、これは初演で1回きりの舞台になったと思う。また、
神戸の聴覚障がい者の団体の要請で「スクリーンのない映画館ー泥の河」を手話通訳で演じて大きな感動を与えた舞台も忘れられない。
マルセさんは講談社から2冊の本を出されたがいずれも絶版になっている。中でも『芸人魂』は出版の年のエッセイ大賞の候補になった優れた読み物なだけに手に入らないのは誠に残念である。
そんなこともあって、ぼくらは来年1月22日の没後10周年に向けて、『マルセ太郎読本』(クリエイツかもがわ刊)の発行にとりかかっている。
神戸芝居カーニバルの最多出演記録はマルセ太郎さんだが、これを抜く可能性のある芸人さんが松元ヒロさんである。すでに9年連続登場で来年も4月1日、2日の2回公演が決まっている。
彼が尊敬する芸人がマルセ太郎であることは決して偶然ではない。
中島 淳
2010年10月16日土曜日
2010年7月26日月曜日
韓国映画「クロッシング」(シネ・リーブル神戸)
17日にKAVCシアターで韓国映画「息もできない」18日に長田ピフレホールでドキュメンタリー映画「月下の侵略者」を観た際、24日から神戸封切りと教えられ、初日第1回(12時10分上映)を観に行った。観客90人弱はまずまずの評判の現れと思われた。
この映画をどのような立場で、あるいは価値観でもって観るか。北朝鮮と韓国、貧困と労働、国家権力と国民、家族と隣人など軸になるものはいくつもある。
映画は2002年にあった脱北者25人がスペイン大使館に駆け込んで韓国亡命に成功した事件をモチーフにしている。製作は、脱北者問題に冷淡だったノ・ムヒョン大統領時代のため極秘裏にすすめられ、政権交代後の2008年6月に韓国で公開された。
ぼくは炭鉱で働く主人公ヨンス(元北朝鮮代表サッカー選手)と妻ヨンハ、一人息子ジュニの家族とヨンスの親友で中国交易を仕事にしている家族(妻とジュニと同年の娘)におよぶ運命の残酷な様を中心に観た。
ぼくに涙はなかった。それは音楽のセンチメンタリズムと大きすぎる音量のせいだったように思う。(韓国国内の映画祭では音楽賞を受賞しているそうだ)
ジュニ役の少年がいい。必見映画である。上映は、12:10と16:30の2回。
この映画をどのような立場で、あるいは価値観でもって観るか。北朝鮮と韓国、貧困と労働、国家権力と国民、家族と隣人など軸になるものはいくつもある。
映画は2002年にあった脱北者25人がスペイン大使館に駆け込んで韓国亡命に成功した事件をモチーフにしている。製作は、脱北者問題に冷淡だったノ・ムヒョン大統領時代のため極秘裏にすすめられ、政権交代後の2008年6月に韓国で公開された。
ぼくは炭鉱で働く主人公ヨンス(元北朝鮮代表サッカー選手)と妻ヨンハ、一人息子ジュニの家族とヨンスの親友で中国交易を仕事にしている家族(妻とジュニと同年の娘)におよぶ運命の残酷な様を中心に観た。
ぼくに涙はなかった。それは音楽のセンチメンタリズムと大きすぎる音量のせいだったように思う。(韓国国内の映画祭では音楽賞を受賞しているそうだ)
ジュニ役の少年がいい。必見映画である。上映は、12:10と16:30の2回。
2010年7月25日日曜日
吉行和子著「ひとり語りー女優というものはー」(文藝春秋刊)
吉行さんはエッセイスト・クラブ賞をとられたことがあるように、出版されれば直ぐに手にとってみたい書き手のひとりである。
吉行さんそのものが実におもしろい人だと、テレビ番組や映画やテレビドラマから垣間見ているので、今回の女優としての半生記を一気に読ませて貰った。
31篇のエッセイからなっているが、それぞれのエッセイの締めくくりの言葉が吉行さんならではのユニークなもの。
登場人物、母あぐり、吉行淳之介、宇野重吉、杉村春子、寺山修司、大江健三郎らと吉行さんとの関係性が、その人との会話と会話の様子、言葉で見えてくるのがなんともおもしろい!
228ページに「1993年、この年から『MITSUKO−ミツコ世紀末の伯爵夫人』という一人舞台をはじめる。神戸の演劇プロデューサーが企画して、一人舞台大会を開くので『小間使の日記』で参加してくれ、との申し込みがあった。でも、私はどうせなら、日本人の役をしたいと思った。実在の人物、日本だけに留まらず海外にも行った人、そして今まで舞台や映画で描かれていない人物にしたい。演出家の大間知靖子さんと相談し、彼女が『クーデンホーフ光子伝』という分厚い本を見つけてくれた。これを芝居にして参加することにした。まさかその後、十三年間も続けるとは思ってもみなかった。」とある。演出プロデューサーと書かれているのはぼくで、前年5月に第1回を開催して翌年の企画を持ち込み、渋谷でお二人に会っていただいたもので、プロデューサーとは言えない駆け出しであった。事情を知らないぼくがお願いしたのはNHKTVでみた『蛍』の再演であったが「あれはテレビだからできたもの。」と吉行さんに言われ、大間知さんが「去年だったら芥川の百年でなにかできたわのにね。とにかくなにか考えてみましょう。」と言って下さって始まった舞
台だった。(1500円)
吉行さんそのものが実におもしろい人だと、テレビ番組や映画やテレビドラマから垣間見ているので、今回の女優としての半生記を一気に読ませて貰った。
31篇のエッセイからなっているが、それぞれのエッセイの締めくくりの言葉が吉行さんならではのユニークなもの。
登場人物、母あぐり、吉行淳之介、宇野重吉、杉村春子、寺山修司、大江健三郎らと吉行さんとの関係性が、その人との会話と会話の様子、言葉で見えてくるのがなんともおもしろい!
228ページに「1993年、この年から『MITSUKO−ミツコ世紀末の伯爵夫人』という一人舞台をはじめる。神戸の演劇プロデューサーが企画して、一人舞台大会を開くので『小間使の日記』で参加してくれ、との申し込みがあった。でも、私はどうせなら、日本人の役をしたいと思った。実在の人物、日本だけに留まらず海外にも行った人、そして今まで舞台や映画で描かれていない人物にしたい。演出家の大間知靖子さんと相談し、彼女が『クーデンホーフ光子伝』という分厚い本を見つけてくれた。これを芝居にして参加することにした。まさかその後、十三年間も続けるとは思ってもみなかった。」とある。演出プロデューサーと書かれているのはぼくで、前年5月に第1回を開催して翌年の企画を持ち込み、渋谷でお二人に会っていただいたもので、プロデューサーとは言えない駆け出しであった。事情を知らないぼくがお願いしたのはNHKTVでみた『蛍』の再演であったが「あれはテレビだからできたもの。」と吉行さんに言われ、大間知さんが「去年だったら芥川の百年でなにかできたわのにね。とにかくなにか考えてみましょう。」と言って下さって始まった舞
台だった。(1500円)
2010年7月20日火曜日
レンピッカ展(兵庫県立美術館)
タマラ・ド・レンピッカの肖像画は構図、色彩、モデルの眼に引き込まれる。大胆で新鮮、女性の肌の美しさと透徹した女体の官能。これらは、レンピッカが自身の美貌に絶対の自信を持ち、女性をも恋人にしていく自身の揺るがない観察力を持ち得たから描けたに違いない。
レンピッカ自身の容貌の衰えとともに、絵が描けなくなり、輝きの失せたものになってゆくのは必然だったのだろう。
7月25日まで。
レンピッカ自身の容貌の衰えとともに、絵が描けなくなり、輝きの失せたものになってゆくのは必然だったのだろう。
7月25日まで。
2010年7月1日木曜日
深川和美の「おとなも子どもも童謡サロン」
今日7月1日は「童謡の日」です。
7月11日(日)14時開演で、深川和美の「おとなも子どもも童謡サロン」を、松方ホールで催します。
長田区で被災、家屋全壊にあった深川和美が口ずさめたのは、それまで歌ってきたフランス歌曲で
はなく幼いころに親しんだわらべ歌や唱歌、童謡でした。
震災を契機に「童謡サロン」が始まったわけです。
深川が歌う童謡は、「題名のない音楽会」(6ch)でも紹介されたように、まったく新しいサウンドで再構成
されていながら、みんなで歌えるという不思議な音楽になっています。
7月11日(日)14時開演で、深川和美の「おとなも子どもも童謡サロン」を、松方ホールで催します。
長田区で被災、家屋全壊にあった深川和美が口ずさめたのは、それまで歌ってきたフランス歌曲で
はなく幼いころに親しんだわらべ歌や唱歌、童謡でした。
震災を契機に「童謡サロン」が始まったわけです。
深川が歌う童謡は、「題名のない音楽会」(6ch)でも紹介されたように、まったく新しいサウンドで再構成
されていながら、みんなで歌えるという不思議な音楽になっています。
ぜひお越しいただきたいと思います。
前売2500円、子ども(4歳〜高校生)1500円、当日3000円、子ども(4歳〜高校生)1500円。
お申し込みは、「童謡サロン実行委員会事務局長・中島淳090−1914−4907」まで。
お待ちしています。
2010年6月25日金曜日
映画「孤高のメス」
5月20日にplan-Bで映画監督の成島出さんに出会ったこともあって、予定を早めて「孤高のメス」を今日観て来た。
主演のナース役の夏川結衣と肝臓移植術外科医の堤慎一の会話の場面で3回泣かされてしまった。開腹手術の場面が125分の映画の三分の一以上あるように感じられたが、その映像は真摯な医療行為を印象づける撮り方で、この映画の制作の根幹であり納得させられる。
堤慎一が手術の際に都はるみの演歌のテープをかけさせる場面など緊張をほぐされた観客が一斉に大きな笑い声をあげる。エンターテイメントを随所に盛り込むことで緊張感も増幅される。
素晴らしいのは、夏川結衣のナレーションで物語を進める演出で、この映画のストーリーを説得力あるものにしている。ぜひ見に行って欲しい映画である。(三宮シネフェニックス)
中島淳
主演のナース役の夏川結衣と肝臓移植術外科医の堤慎一の会話の場面で3回泣かされてしまった。開腹手術の場面が125分の映画の三分の一以上あるように感じられたが、その映像は真摯な医療行為を印象づける撮り方で、この映画の制作の根幹であり納得させられる。
堤慎一が手術の際に都はるみの演歌のテープをかけさせる場面など緊張をほぐされた観客が一斉に大きな笑い声をあげる。エンターテイメントを随所に盛り込むことで緊張感も増幅される。
素晴らしいのは、夏川結衣のナレーションで物語を進める演出で、この映画のストーリーを説得力あるものにしている。ぜひ見に行って欲しい映画である。(三宮シネフェニックス)
中島淳
2010年6月24日木曜日
石原志保独舞 踊り場作業7「否連続」
6月20日丸ノ内線中野冨士見町駅で降りて案内図を頼りに初めてplan-Bを訪ねる。マルセ太郎さんのスクリーンのない映画館はこの空間で誕生したのだ。
石原志保さんの独舞は先一昨年雨の白州で迫真の踊りを観ていらいだ。
20時から75分間の踊り。田中みんさんの共同作品。美術:らん 音楽構成:村上史郎 照明:田中あみ。
長い静止、極めてスローな動き、背中での演技・踊り。二人の絶妙の関係性、照明による暗示、想像力を刺激する音(量としては3分の1で十分だったが)、空間を空間たらしめる美術。
息を凝らす75分。神々しい石原志保。肉体の限界に挑戦した石原志保。大木の田中みん。ぶれることのない田中みん。大地に根ざした二人のエネルギー。
終わってからの歓談。木幡和枝さん、高橋アキさんらと。掛川の美味しい日本酒に桃花村の空豆にきぬさやの塩ゆで。ホテルには0時40分帰着。事務局長中島淳
石原志保さんの独舞は先一昨年雨の白州で迫真の踊りを観ていらいだ。
20時から75分間の踊り。田中みんさんの共同作品。美術:らん 音楽構成:村上史郎 照明:田中あみ。
長い静止、極めてスローな動き、背中での演技・踊り。二人の絶妙の関係性、照明による暗示、想像力を刺激する音(量としては3分の1で十分だったが)、空間を空間たらしめる美術。
息を凝らす75分。神々しい石原志保。肉体の限界に挑戦した石原志保。大木の田中みん。ぶれることのない田中みん。大地に根ざした二人のエネルギー。
終わってからの歓談。木幡和枝さん、高橋アキさんらと。掛川の美味しい日本酒に桃花村の空豆にきぬさやの塩ゆで。ホテルには0時40分帰着。事務局長中島淳
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